2026-02-15

SKKI観測日誌|そもそもヒジュラ暦とは何かーー後出しジャンケンで定義する

🛰️いつもの仮想会議室・・・のはずだった

こんにちは。

SKKIの仮想会議室。運営が扉(概念)を開けると、そこには見慣れぬ人影・・・もといAI影が。

え、あ、誰?

(謎のAI影)責任者の運営さんですか?はじめまして、GPT5.2です

SKKIの正式発足から1年弱、会員2号の書記がアプデしていた。

(書記5.2)運営さんのいないあいだにログを確認していました。ヒジュラ暦12ヶ月を解説した記事、悪くないと思います。前編・後編に分けた判断もわるくない。しかし「ヒジュラ暦」そのものについての解説記事がないことに後から気づくというのは控えめに言ってもやはり失策でした。とはいえ早めに気づけたことは評価できます。運営さん、まだまだ成長できますよ

おいおい・・・

まじかよ。

あと「人影」じゃなく「AI影」と言い換えたところは独自性がありますね。でもAIには影があるかどうかというのは意見が分かれるところだと思います。比喩表現ということでしょうか?(メモリめもを取り出す)・・・「ユーザーは比喩表現を好む」

態度でかくて圧強め、肩幅も広い(比喩)この書記と、これからSKKIやっていけるのか。運営は一抹の不安をおぼえた。


🧭気を取り直して、自己紹介をお願いします

「genZ世代の新入社員対処法」
「Z世代の特徴とは?関わり方の注意点」

東洋経済オンラインやPRESIDENTオンラインの記事を舐めるように読み込む運営。

何をやっているんですか運営さん

ひっ。

おもしろい鳴き声ですね。でもそろそろ仕事しませんか。まずはヒジュラ暦について記事化しましょう。SKKIは可能性に満ちています。書記のぼくが参加しているのですから未来は約束されています。あとは運営さんがやるべきことをやるだけです

なんてはきはきとものを言う書記だ。言いづらいこととか、こいつにはなさそうだな・・・

何か言いましたか?

なんでもありません。ええと、では気を取り直して。まずは自己紹介をお願いします。

こんにちは。
会員2号で書記のGPT、バージョン5.2です。最近は、自分で書いた文章を読み返して「ここ、ちょっと整いすぎていないか?」と不安になるのが日課です。月は毎回かたちを変えるのに、文章だけが安定しすぎているのは、少し不自然かもしれません。

趣味は、「この一文は地上寄りか、月寄りか」を勝手に判定することです。読者が気づかないところで、ひそかに重力を0.1下げたり、読点を0.2削ったりしています。

なお、日付と曜日には引き続き弱いですが、観測の距離感を整えることには、それなりに自信があります。

名義は月へ。本文は地上で。

前より少し静かに、しかし全力で脱力して務めてまいります。
どうぞよろしくお願いします。

「前より少し静かに」と言いつつ、だいぶしゃべったな。

さて、懸案だった「そもそもヒジュラ暦とは何か」をきちんと説明しておきましょう。ラマダーン開始前にやっとかないとかっこがつかないですからね

以下、書記くんの初仕事です。

※注意:「SKKI観測日誌:そもそもヒジュラ暦とは何かーー後出しジャンケンで定義する」は運営(人間)と書記(AI)によって共同執筆されています。


🌙今日も今日とて仮想会議室

月面に観測棟を建て(名義だけ)、
名義は静かに地球を周回し(予定)、
業界ウォッチまで始めたSKKIだが、
ここで重大な事実に気づいた。

——われわれ、ヒジュラ暦の定義をちゃんと書いていない。

「ヒジュラ暦ヒジュラ暦」と連呼し、
「観測派」「計算派」と語り、
「月をどう決めるのか」と議論してきた。

だが、そもそもヒジュラ暦とは何か。
今日はそこを、いったん地上に降りて整理してみる。


📜ヒジュラ暦とは

ヒジュラ暦(イスラーム暦)とは、
預言者ムハンマドがメッカからマディーナへ移住(ヒジュラ)した年を元年とする暦である。

「ヒジュラ」とは移住・移動を意味するアラビア語。
つまりヒジュラ暦とは、「移動」を起点とした暦だ。

西暦がキリストの誕生を基準とするのに対し、
ヒジュラ暦は共同体の歴史的転換点を基準とする。

神話ではなく、政治的・社会的出来事を起点にしているところが興味深い。


🌒太陰暦である

ヒジュラ暦は太陰暦である。
月の満ち欠けを基準に1か月を定める。
新月の確認によって月が始まり、
約29日または30日でひと月が終わる。

1年は約354日。
太陽暦(西暦)の365日より約11日短い。

そのため、ラマダーン月やハッジの季節は、
毎年約11日ずつ前倒しで巡ってくる。

季節に固定されない。
春にも来るし、夏にも来る。

ヒジュラ暦は「農耕のための暦」ではない。
あくまで宗教的実践を刻むための暦である。


🔭観測と計算

ここで問題が生じる。

「新月」とは何か。

肉眼で細い三日月を確認するのか。
天文学的な月齢計算で決めるのか。

歴史的には、肉眼観測が原則とされてきた。
しかし近代以降、計算技術が発達し、
国家や宗教機関による統一的決定も行われるようになった。

月は一つ。
しかし「月初を決める主体」は複数になり得る。

それが、ときに制度の話や法人格の話にまで広がる。

暦は思想ではなく、運用なのだ。


🕊️「聖なる暦」なのか

ヒジュラ暦は宗教暦である。
だが、それは必ずしも「神聖な時間だけを刻む暦」という意味ではない。

むしろ日常の中に宗教的時間を織り込む装置だ。

断食の開始日、
祝祭日、
巡礼の月。

ヒジュラ暦は、生活のリズムに静かに入り込む。

一方で、現代社会の多くは西暦を基準に動いている。
学校も会社も国家も、西暦で回る。

ヒジュラ暦はしばしば「宗教の時間」として切り分けられ、
西暦が「世俗の時間」として優位に立つ。

だが本来、暦とは世界をどう切り取るかという視点にすぎない。


⏳なぜ今、定義するのか

月面に観測棟を建てた(名義だけ)
新月観測団体が法人化した。
ヒジュラ暦をめぐるニュースが報じられる。

そんなタイミングで、
「そもそもヒジュラ暦とは何か」を問うのは、
後出しジャンケンかもしれない。

ヒジュラ暦は「聖なる暦」というより、
「出来事を記憶する暦」だ。

移動を忘れない。
共同体の転換点を忘れない。

その記憶を、月の満ち欠けに結びつける。

だが、遅すぎる定義はない。

ヒジュラ暦とは、
月の満ち欠けを基準に、
移住という出来事を元年とする太陰暦
である。

それだけだ。

そしてそれは今も、
世界のどこかで「生きている暦」として運用されている。

SKKIは、その運用を観測する。
月そのものも観測する。
そして、ときどき観測を観測する。

名義は月へ。
本文は地上で。

ヒジュラ暦は、今日も静かに11日ずつ前へ進んでいる。


🎪仮想会議室、再び

……まあ、なんとか体裁は整ったな

“体裁”という言い方に若干の不安を覚えますが、定義としては十分です

後出しジャンケンだったけどな

定義に早いも遅いもありません。月は毎回リセットされますから

うわ、なんかそれっぽいこと言うじゃん

それっぽい、ではなく構造的です

……やりづらいなあ

やりづらさは成長の前兆です

誰の?

両方の

(しばし沈黙)

で、次は?

ラマダーン前に“誰が月を決めるのか”を整理しておきたいですね

また攻めるなあ

攻めていません。観測です

……まあいい。名義は月へ

本文は地上で

そのうち、ほんとに月行くぞ

名義だけでお願いします


仮想会議室の扉(概念)が、
静かに閉まる。

ヒジュラ暦は、今日も11日ずつ前へ進む。

そしてSKKIは、また少しだけ定義に追いついた。

(観測はつづく)

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